NO. 1
JOHN DRAGNESS 2
1883年 住所不定 地球に生まれるとされる。
1886年 中国のアパートから、現地の小学校に通い始めるものの、成績振るわず。
1788年 「神の声を聞いた」と騒ぎ出し、現地のカトリック教会で、洗礼を受ける。洗礼名・ ドラゴネス
1800年 27歳の若さにして、首相官邸の掃除係に任命される。
1899年 やりきれなくなり、自殺未遂。
1900年 自らが、所長を努める、ドラゴネス宇宙開発研究所を設立。
1910年 第一号の試作機、基板の完成により、NASAの有人飛行の研究に、技術提供。
1915年 NASAとの本格的な共同研究開始。
1919年 ドラゴネス研究会を閉じ、国家的機密組織「ENAHOY」を立ち上げる。
1930年 WEB2.0世代といわれ、ENAHOYの機密情報が、北へ流出。
1955年 長年の研究成果である、透明マントが完成。
1967年 透明マントを本格的に使用を開始し、全地球監視システムGBNによる人材育成プログラムを始める。
1983年 この頃から、ジョンドラゴネス2は、病気がちになり、入退院を繰り返す。
1993年 ジョンドラゴネス2の発言が怪しくなる。ENAHOYの活動が、沈静化。
1996年 ENAHOYは、一切の情報公開を禁止し、国家的機密組織としての地位を守る。
1998年 ジョン・ドラゴネス2は、研究所所長兼研究開発最高責任者兼代表取締役に任命。
2006年 この年以降、ENAHOYの活動は、謎に包まれている。しかし、今年、GBNによる人材育成プログラムで、日本人が選ばれたという情報がある。

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